
クボタと聞くと、トラクターや田植機などの農業機械を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。私も最初は「クボタ=農機メーカー」というイメージでした。
ですが歴史をたどると、その原点は日本に安全な水を届けるための水道管づくりにあります。そこから農業機械、水・環境、そして現在のスマート農業へ。クボタの強みを見ていくと、130年以上にわたり「社会の困りごとを技術で解決する」という考え方が続いていることが分かります。
この記事では、クボタを企業分析し、強みと将来性を事業・歴史・人・経営・投資の視点から見ていきます。
先に結論|クボタの強みは4つ
- 世界各地の現場へ入り、その地域に合わせて製品を変えられること
- 農機・エンジン・建機・水インフラという複数の技術基盤を持つこと
- 製品を売った後も、部品・整備・サービスで長く顧客を支えられること
- 現場で得た知識や顧客の声を、次の製品・サービス開発へ戻せること
- クボタの強みはどこにあるのか
- クボタは何の会社で、どうやって稼いでいるのか
- 水道管から農業機械へ広がった130年以上の歴史
- スマート農業や水インフラから見るクボタの将来性
- 海外展開やライフサイクルサポートが強みになる理由
- 「For Earth, For Life」が現在の経営にどうつながっているのか
- 人材・マネジメント・企業文化にどんな課題があるのか
- 中期経営計画2030でクボタは何を変えようとしているのか
- クボタへ投資するうえで見ておきたいリスク
- 株価・PER・PBR・ROE・配当から見た現在の評価
- クボタは何を目指す会社?|「For Earth, For Life」に込めた経営理念
- クボタの歴史|水道管から農業機械へ、130年以上続く挑戦
- クボタは何の会社?|農機だけでは見えない「食料・水・環境」の現在地
- クボタの強み|なぜ世界で「食と水」を任されるのか
- クボタの理念は現場まで届いているか?|人と組織を検証する
- クボタの将来性|スマート農業・水・インドは、次の成長エンジンになるか
- クボタの業績|売上3兆円でも「稼ぐ力」が課題だった理由
- クボタのリスク|世界企業だからこそ抱える「5つの弱点」
- クボタの株価|2,700円台は何を織り込んでいるのか
- 長期投資先としてのクボタ|「成長する会社」を、何を見ながら追うか
- まとめ|明治の水道管から、世界の「食と水」を支える会社へ
- 参考資料・出典
クボタは何を目指す会社?|「For Earth, For Life」に込めた経営理念
日本を代表する農業機械メーカーで、田植機やコンバインをつくり、農家の仕事を機械で支えている会社。企業研究を始める前は、私もそれくらいのイメージしか持っていませんでした。
しかし調べてみると、現在のクボタは農業機械だけでなく、エンジン、建設機械、水道管、水処理、資源循環、さらに自動運転農機やデータを活用したスマート農業まで手掛けています。一見すると、トラクターと水道管はまったく別の会社の製品にも見えます。それでもクボタは、創業以来取り組んできた領域を一貫して「食料・水・環境」という言葉で捉えています。クボタ自身も、この3つは個別の問題ではなく、互いに密接につながるテーマだと説明しています。
食料をつくるには水が必要で、人々が暮らす街には上下水道や生活インフラが必要になります。豊かな生活を続けるためには、資源や廃棄物、自然環境まで考えなければなりません。クボタを「何をつくっている会社なのか」だけで見ると事業がバラバラに見えますが、「何のためにつくっている会社なのか」という視点から見ると、水道管から農業機械へ広がってきた理由が少しずつ見えてきます。
公式動画|「未来の種は、いまにある。」これからも篇
クボタ自身が過去・現在・未来をどのようにつなげているのかを見るうえで分かりやすいのが、公式TVCM「未来の種は、いまにある。」これからも篇です。公式サイトでは、130年以上にわたる食料・水・環境の社会課題解決の歴史を振り返りながら、将来のスマートビレッジ構想までを描く映像として紹介されています。
企業広告なので、描かれている未来をそのまま企業価値と考えることはできません。ただ、「クボタ自身は、自分たちの130年以上の歴史を何につながる物語だと考えているのか」を見る一次資料として、企業研究の最初に見ておきたい動画です。
「For Earth, For Life」|何をつくるかではなく、何のためにつくるのか
クボタの企業理念「クボタグローバルアイデンティティ」の中心に置かれているブランドステートメントが、「For Earth, For Life」です。
「For Earth, For Life」
クボタグループは、美しい地球環境を守りながら、人々の豊かな暮らしを
これからも支えていくことを約束します。
この言葉だけを見ると、かなり大きな理念に感じます。しかしクボタは「For Earth, For Life」を単独のキャッチコピーとして掲げているわけではありません。企業理念は大きく、創業以来受け継ぐ精神・社会との約束・果たす使命の3つで構成されています。
| クボタグローバルアイデンティティ | 意味 |
|---|---|
| スピリッツ | 社会への貢献、従業員と会社の発展、未知への挑戦 |
| ブランドステートメント | For Earth, For Life |
| ミッション | 食料・水・環境を通じて地球と人の未来を支える |
つまり「For Earth, For Life」の下には、実際にどの社会課題へ向き合うのかという「食料・水・環境」があり、さらにその根には創業者から受け継いできた考え方があります。
私が最初にこの言葉を見たときは、正直なところ、企業が掲げる壮大な理念の一つという印象もありました。ただ、クボタの場合はこの言葉が生まれるはるか前から、水道管や農業機械などを通じて人々の生活基盤に関わってきた歴史があります。理念を掲げてから事業を始めたのではなく、長い歴史の中で続けてきたことを、現在の言葉で表したものではないか。そう考えると、「For Earth, For Life」の見え方は少し変わってきます。
「食料・水・環境」は、別々の事業ではない
人口増加によって食料需要が増えれば、その生産に必要な水や農地への負荷も大きくなります。都市化が進めば上下水道や廃棄物処理などのインフラが必要になり、経済活動が拡大すれば資源や環境への負荷も増えていきます。クボタはこうした関係を「クボタ・グローバル・ループ」として表現しています。
農業機械、水道管、水処理設備、建設機械。一つひとつの製品だけを見ると別々の事業ですが、人が生きていくための生活基盤という視点から眺めれば、すべてがつながっています。「クボタ=農機メーカー」という理解だけでは、この会社の全体像を捉えきれない理由がここにあります。
創業者・久保田権四郎の思想|「社会の役に立つもの」をつくる
その答えを探すうえで欠かせない人物が、創業者の久保田権四郎です。
権四郎は1870年、現在の広島県尾道市因島に生まれ、14歳で大阪へ出て鋳物職人として修業しました。そして1890年2月、わずか19歳で大阪の古長屋の一角を借り、「大出鋳物」を創業します。仕事場は約26㎡。現在、世界各地で事業を展開するクボタは、はかりの分銅や部材をつくる小さな鋳物工場から始まりました。
19歳、約26㎡の工房から始まった
鋳物屋を開くためには資金が必要でしたが、修業時代から倹約して資金を蓄え、念願の独立を果たします。その後も立ち退きを求められるなど決して順調ではなく、創業から5年間で3度も工場を移転しました。それでも事業を続け、鋳物の品質や技術を高めていきます。
私がこの創業物語で興味を持ったのは、「19歳で起業した」という若さだけではありません。小さな鋳物屋として成功することだけを目指すのではなく、権四郎はやがて当時の日本社会が抱えていた大きな問題へ向かっていきます。それが、安全な水を届けるための水道用鋳鉄管の国産化でした。1893年には水道用鋳鉄管の製造を開始しており、この挑戦が後のクボタを形づくる大きな転換点になります。
なぜ一人の鋳物職人が水道管へ挑んだのか。その背景には、当時の日本で広がっていた伝染病や近代水道の整備、輸入に頼っていた水道管という社会問題がありました。この物語はクボタの歴史を考えるうえで非常に重要なので、後ほど水道管国産化の挑戦を詳しく追います。
「技術的に優れている」だけでは足りない
技術的に優れているだけでなく、社会の皆様に役立つものでなければならない
― 創業者・久保田権四郎
クボタはさらに、権四郎が持っていた「やればできる」「失敗を恐れるな」という信念を現在のスピリッツへつないでいます。公式の創業者ストーリーでも、水道管の国産化をはじめ、社会課題へ挑戦し続けた精神が現在のクボタへ受け継がれていると位置付けられています。
この考え方は、クボタという会社を見るうえでかなり重要だと思います。技術力そのものを目的にするのではなく、「その技術が誰の役に立ち、社会の何を変えるのか」まで考える。後に水道管からエンジン、農業機械、建設機械、水処理へと事業が広がっていったことも、この視点から見ると単純な多角化とは少し違って見えてきます。
つくる製品は変わっても、社会で必要とされているものを探し、自分たちの技術で応えようとする。現在の「For Earth, For Life」の原点は、すでに創業者の時代にあったのではないでしょうか。
「命を支えるプラットフォーマー」|クボタが2030年に目指す姿
豊かな社会と自然の循環にコミットする“命を支えるプラットフォーマー”
という姿です。
クボタは、食料・水・環境の分野で社会へ貢献し続け、それらの分野でクボタの製品やサービスが必要不可欠な存在になることを目指しています。つまり、「世界一大きな農機メーカーになる」といった単純な製品目標ではありません。食料・水・環境という、人が生きるために欠かせない領域そのものを支える会社になろうとしているわけです。
「プラットフォーマー」とは、何を意味するのか
しかしクボタが目指しているのは、農業機械や水道管をやめてIT企業になることではありません。
クボタにはすでに、農業機械、水関連設備、建設機械など現実の社会で使われるハードウェアがあります。そこへデータやAI、IoT、維持管理サービスなどを組み合わせ、一つの製品を販売する会社から、農業や水インフラを継続的に支える会社へ広がろうとしていると考えると分かりやすくなります。
長期ビジョンでは、クボタが提供する価値として、食料の生産性・安全性、水資源や廃棄物の循環、都市・生活環境の向上などを掲げています。創業以来135年以上培ってきた食料・水・環境の技術や知見を連携させることで、「命を支えるプラットフォーマー」を実現しようとしています。
「モノを売る会社」から、社会の仕組みを支える会社へ
これまでクボタは、水道管やトラクターといった「モノ」を通じて社会課題へ向き合ってきました。これからは、その製品を起点にデータやサービスまでつなげることで、顧客との関係をより長くし、社会課題へ継続的に関わろうとしています。
例えば農業であれば、農機を販売して終わるのではなく、農機から得られる情報を使って農場管理や作業計画まで支援する。水分野でも、水道管や処理設備を納入して終わるのではなく、監視や維持管理、更新まで関わる。ハードを持っている会社だからこそ、現場から得られるデータやノウハウをサービスへ広げられる可能性があります。
ただし、「命を支えるプラットフォーマー」という未来像が魅力的だからといって、そのまま事業として成功するわけではありません。技術として実現できても、顧客が導入費用に見合う価値を感じなければ普及せず、社会に必要なサービスでもクボタ自身が利益を出せなければ継続できません。ここはクボタの将来性を考えるうえで、後ほどスマート農業や水インフラの事業性まで確認したいポイントです。
理念が立派なだけでは、企業の強みにはならない


クボタの理念をたどると、1890年に19歳の青年が始めた小さな鋳物工場から、現在の「For Earth, For Life」、そして「命を支えるプラットフォーマー」まで、「社会の役に立つものをつくる」という考え方にはかなり強い連続性が見えてきます。
ただ、私はここで「130年以上理念が続いていて素晴らしい会社ですね」と終わらせたくありません。長い歴史や立派な理念があっても、それだけで企業の強みや株主価値が生まれるわけではないからです。
重要なのは、
創業者の思想
→ 企業理念
→ 経営戦略
→ 現場の行動
→ 製品・サービス
→ 顧客価値
→ 利益・キャッシュ
→ 企業価値
という流れが本当につながっているかです。
クボタ自身も現在、創業時から受け継いできた食料・水・環境の事業をさらに連携させ、「命を支えるプラットフォーマー」へ進もうとしています。だからこそクボタの強みと将来性を見るなら、社会に必要とされている会社かどうかだけではなく、その社会価値を現在の経営陣と社員が利益やキャッシュへ変えられているのかまで確認する必要があります。
創業者が残した思想は、今も現場で生きているのか。現場で生まれた価値は、本当に利益へつながっているのか。この問いを持ってクボタを追っていくと、水道管、農業機械、スマート農業、人材改革、経営改革までが一本の物語として見えてきます。





クボタが受け継いできたのは、水道管やトラクターという製品そのものではなく、「社会に必要なものは何か」を考える姿勢なのかもしれません。その理念が今の現場まで届き、利益や企業価値につながっているのか。そこまで確かめてこそ、クボタの本当の強みが見えてきそうです。
クボタの歴史|水道管から農業機械へ、130年以上続く挑戦
しかし歴史を順番に追ってみると、「売れそうな市場へ次々と進出した会社」という見え方とは少し違ってきます。クボタが新しい事業へ踏み出した背景には、その時代ごとに水を安全に届けたい、食料を増やしたい、人手不足を補いたい、都市のインフラを整えたいという社会の変化がありました。クボタ自身も、135年以上にわたる技術の歴史を「世の中が本当に必要としているものを考え、その技術を発展させてきた歩み」と位置付けています。
クボタの歴史を大きな転換点だけで並べると、製品が変わるたびに、その先にある社会課題も変わってきたことが分かります。
| 時代 | クボタの主な挑戦 | 背景にあった社会課題 |
|---|---|---|
| 1890年代 | 鋳物・水道用鉄管 | 伝染病、近代水道の整備 |
| 1920年代 | 農工用エンジン | 農業・産業の動力化 |
| 1940〜50年代 | 耕うん機 | 戦後の食糧不足 |
| 1960〜70年代 | トラクタ・田植機・コンバイン | 農村の人手不足、農業機械化 |
| 1970年代〜 | 世界各地へ農機を展開 | 地域ごとに異なる農業課題 |
| 2010年代〜 | ICT・自動運転・スマート農業 | 担い手減少、生産性向上 |
「クボタ=トラクター」という現在のイメージだけを見ると意外ですが、すべての始まりにあったのは一人の若い鋳物職人と、日本に安全な水を届けるという難題でした。
1890年、19歳の青年が始めた鋳物工場
14歳で大阪へ出て鋳物屋で修業しながら独立資金を蓄え、古長屋の一角を借りて仕事を始めます。最初につくっていたのは、はかりの分銅や部材などの小さな鋳物でした。現在の世界的な農機・インフラ企業につながるような大きな事業が最初からあったわけではありません。
それでも、権四郎は少しずつ鋳物の品質と精度を高め、より難しい機械部品や日用品へ仕事を広げていきました。この時点ではまだ「食料・水・環境」という言葉もなければ、トラクターもありません。しかし、目の前の仕事で技術を磨きながら、その技術をもっと社会で必要とされるものへ使えないかと考える姿勢が、後のクボタの方向を決めることになります。
なぜクボタは水道管をつくったのか|伝染病と近代水道
明治期の日本では、近代化が急速に進む一方で、コレラやチフスなどの水系伝染病が問題となり、横浜、函館、長崎、大阪、広島、東京など各地で近代水道の整備が進められていました。ところが、水道網をつくるために必要な鋳鉄管は国内で安定して製造することが難しく、輸入に依存していました。国内企業も製造へ挑戦しましたが、技術的な壁は高く、相次いで失敗していたとクボタの公式アーカイブは伝えています。
水道がなければ、安全な水を大量の人々へ届けることはできません。そして水道を広げようにも、そのための管を外国から買い続けなければならない。権四郎はここに、日本の産業と暮らしを左右する課題を見つけます。1893年、創業からわずか3年後に水道用鋳鉄管の製造へ踏み出しました。
輸入に頼っていた水道管を、自分たちの手でつくる
外国人にできることが日本人にできぬはずがない
見た目だけなら、水道管は単純な円筒形です。しかし長い鋳鉄管をつくると、場所によって厚みが変わり、水圧に耐えられなくなります。当時の日本には十分な文献も、経験を持つ技術者もほとんどいませんでした。権四郎たちは、失敗の原因を一つずつ探しながら試作と改良を繰り返すしかなかったのです。あまりの難しさに、一緒に取り組んでいた職人からも不満が出たと公式の創業者ストーリーには残されています。それでも権四郎は開発をやめませんでした。
ここで興味深いのは、単に「難しい製品をつくりたかった」わけではないことです。権四郎が鉄管製造を始めた背景には、日本の水道整備に必要なものを国内でつくることは国のためになるという考えがありました。技術への挑戦と社会課題への挑戦が、最初から一つになっていたのです。
4年の試行錯誤が、水道管を社会へ届けられる技術になった
権四郎は「合わせ型斜吹鋳造法」を開発し、それまで難しかった直管の製造に成功します。しかし、一度つくれるようになっただけでは社会インフラを支えることはできません。水道を全国へ広げるには、同じ品質の管を大量につくらなければならないからです。
その後も研究を続け、1900年には合わせ目のない鉄管を安定して製造する「立込丸吹鋳造法」、1904年には量産を可能にする「立吹回転式鋳造装置」を開発しました。大阪市の水道拡張工事にもクボタの鉄管が採用され、やがて「鉄管のクボタ」と呼ばれる存在へ成長していきます。
私はここに、クボタの歴史を通じて何度も現れる特徴があると思います。技術として「できた」で終わらず、実際の社会で使えるところまで持っていくこと。後に農業機械でも繰り返されるこの姿勢は、水道管の時代からすでに始まっていました。
「つくれる」から「社会へ届けられる」へ
1908年には鉄管生産量が5,000トン、1912年には4万トンに達し、公式アーカイブによると当時の全国生産量の約60%を占めるまでに成長しています。
一本の試作品から始まった技術が、大量生産できる産業になり、多くの街へ安全な水を届けるインフラになっていく。技術が社会へ届いて初めて、人の暮らしは変わる。クボタが後に販売網やサービス、維持管理まで重視するようになる原点も、この経験の中にあったのかもしれません。
公式YouTube|「クボタの原点 水篇」
水道管の挑戦を映像で見るなら、クボタ公式チャンネルの「クボタの原点 水篇」がこの部分とよく合います。創業者が伝染病から人々を守りたいという思いから水道管づくりへ挑み、その思いが現代の水インフラ事業まで受け継がれていることを描いた公式映像です。
水だけでは会社を守れない|多角化へ踏み出した理由
明治末から長期的な不況に入り、市町村が水道工事を控えるようになると、主力だった鉄管需要が急激に落ち込みました。社会に必要な製品であっても、需要が常に増え続けるわけではありません。そこで権四郎は、水道管で会社を成功させた直後にもかかわらず、多角化へ舵を切ります。
1914年には旋盤などの工作機械、1917年には船舶機械、その後は農工用エンジン、ディーゼルエンジンへと事業を広げました。さらに自動車事業にも挑戦しており、公式アーカイブによれば、最終的に事業を譲渡した先が現在の日産自動車の母体へつながっています。成功した事業だけに固執せず、環境が変われば次の技術へ進む。この柔軟さも、現在まで続くクボタの特徴の一つです。
不況で鉄管が売れない|成功した事業にとどまらなかった
きっかけはむしろ逆で、主力事業だけに依存していては会社を守れないという危機感でした。水道工事が減れば鉄管需要も落ちる。その現実を見て、権四郎は自社の鋳造技術や機械加工技術を別の製品へ転用していきました。
ここには、現在のクボタを見るうえでも重要な視点があります。「食料・水・環境」という大きな領域を持つことは経営資源が分散するリスクにもなりますが、逆に一つの市場だけに依存しない強さにもなります。現在の事業構成を見るときにも、この歴史を頭に置いておきたいところです。
1922年のエンジンが、後の農機へつながった
第1次世界大戦後の不況で新しい事業を模索していた頃、日本では脱穀、籾摺り、揚水などに使う石油発動機が普及し始めていました。さらに西日本を干ばつが襲い、水をくみ上げるポンプと発動機への需要が高まります。クボタは水道管で培った鋳造技術と機械加工技術を生かして国産発動機へ進出し、1923年には農工用発動機を発売しました。
ここが「水から食へ」の重要な接点です。水道管とはまったく違う製品に見えるエンジンですが、農地へ水を送り、脱穀や籾摺りを動力化することで、人の力だけに頼っていた農作業を支えるようになりました。後にトラクターやコンバインへ搭載されるクボタエンジンの源流でもあります。
水から食へ|なぜクボタは農業機械へ進んだのか
第二次世界大戦後、日本は深刻な食糧不足に直面します。天候不順や農村の労働力不足も重なり、食料をどう増産するかが国全体の課題になっていました。クボタは終戦直後から農工用発動機や肥料工場向けの製品の生産を再開し、戦争中に中断していた耕うん機の研究にも再び取り組みます。
水道管のときに「安全な水をどう届けるか」を考えた会社が、今度は「少ない人手でどう食料を増やすか」へ向かったわけです。製品は変わっていますが、社会の側から見ると、どちらも人が生きるために欠かせないものを支える技術でした。
戦後の食糧不足|1947年、耕うん機へ
翌年の改良型K2形は全国の実演競技会で最高位を獲得します。ただし、優れた製品をつくればすぐ普及するほど市場は成熟しておらず、耕うん機が本格的に普及するのは1960年代に入ってからでした。
ここでも「技術的にできる」と「社会へ普及する」の間には時間があります。クボタは製造だけでなく販売・サービス体制も整え、農家が実際に機械を使い続けられる仕組みをつくっていきました。この後にクボタの強みとして見る販売網やアフターサービスも、農業機械化の歴史の中で形づくられていきます。
農家に泊まり込んでつくった国産トラクター
1956年頃には欧米製の大型トラクターも導入され始めましたが、日本の狭い農地や水田には必ずしも合いませんでした。そこでクボタは、日本の農業に合うトラクターの開発へ進みます。
その開発方法が、現在のクボタにつながる「現場主義」をよく表しています。公式の技術史によれば、研究者たちは農家に長期間泊まり込み、実際の作業や困りごとを一つずつ確認しながら試作と耐久試験を繰り返しました。その結果、1960年に純国産の畑作用乗用トラクターT15形、1962年には水田用乗用トラクターL15R形が誕生します。
海外の大型機械を日本向けに小さくしたのではなく、農家の現場から必要な機械を考え直した。この発想は、のちに北米やASEANへ進出したときにも繰り返されるクボタの強みになります。
人が耕す農業から、機械が支える農業へ
田植え、稲刈り、脱穀など、水稲農業にはまだ多くの重労働が残っていました。特に農村から働き手が減っていくなかで、農家が本当に求めていたのは「一つの作業だけを速くする機械」ではなく、農作業全体を少ない人数で続けられる仕組みでした。
1960年代から70年代にかけて、クボタはバインダー、田植機、コンバインを次々に開発していきます。1969年にはコンバインの製造を開始し、公式沿革では「農作業機械化の一貫体系を完成」と位置付けています。
10年かけて機械化した「稲刈り」
クボタがバインダーの開発に着手してから、1965年に自動結束式3条刈バインダーHC75形を完成させるまでには約10年の試行錯誤がありました。さらに実際の地域で性能を確かめるため、550台をテスト出荷し、それぞれにオペレーターを配置して検証しています。1967年に本格販売が始まると、人力の約15倍という作業能率が農家から支持されました。
ここにも、水道管と同じ姿があります。研究所で完成させるだけではなく、現場へ出して、実際に使ってもらい、社会で使える製品へ仕上げる。クボタの現場主義は、農機でも繰り返されていました。
田植え・収穫まで|「歩く農業」から「乗る農業」へ
クボタは育苗箱を使う方式に取り組み、1968年にSP形、翌1969年に後の歩行形田植機の原型となるSPS形を発売し、1970年から量産を始めます。一方でトラクターやコンバインも進化し、1971年には小型4輪駆動トラクターB6000と2条刈コンバインHX55を発売しました。クボタの公式技術史は、この時代を「歩く農業」から「乗る農業」への転換期と表現しています。
農業機械が変えたのは作業時間だけではありません。人が少なくても耕し、植え、刈り取れるようになることは、農村から労働力が減っていく社会で食料生産そのものを維持する手段になりました。現在の自動運転農機も、突然生まれた発想ではありません。「人が足りなくても農業を続けられるようにする」という問いは、半世紀以上前から続いているのです。
日本で培った技術は、なぜ世界へ広がったのか
鉄管では1917年にジャワへ輸出し、農業機械では1969年に米国へトラクターの輸出を開始しました。1972年にはカリフォルニア州にKubota Tractor Corporationを設立し、北米市場への本格進出を始めています。
ただし、日本で売れていたトラクターを海外へ持っていけば、そのまま成功したわけではありません。国が変われば、畑の大きさ、育てる作物、気候、農作業の方法がまったく違います。クボタが世界へ広がった歴史は、「日本で成功した製品を世界へ売った歴史」というより、「現地へ行って、その地域に合う使い方を見つけ続けた歴史」として見る方が近そうです。
アメリカで見つけた「小さいからこそ必要とされる市場」
広大な農場では大型機械が主役で、日本向けの小型トラクターでは大規模畑作市場と正面から競争できなかったからです。そこでクボタは発想を変え、ガーデニングや小規模農場などへ、小型で扱いやすいトラクターを提案しました。クボタの公式アーカイブによれば、このコンパクトトラクターが米国で新しい需要をつかみ、北米事業を広げるきっかけになりました。
つまり「小さいから大型メーカーに勝てない」ではなく、「小さいからこそ必要としている人は誰か」を現場で見つけたわけです。この考え方は、現在のクボタの強みとして見る地域適応力につながっています。
世界に同じ農機を売るのではなく、世界の農業へ合わせる
タイでは1970年代から耕うん機を輸出し、地域へ足を運んでサービスを続け、1978年には現地企業との合弁会社を設立しています。
北米の広大な畑作と、日本やASEANの水田農業では必要な機械が違います。クボタの海外展開の特徴について、公式アーカイブも開発担当者が現地へ入り込み、「目と耳と手」でニーズを把握して製品を開発してきたと説明しています。
この歴史を見ると、クボタのグローバル化は販売地域が増えたという話だけではありません。場所が変わるたびに、もう一度その土地の現場から製品を考える。日本の農家へ泊まり込んでトラクターを開発した姿勢が、世界各地へ広がっていったとも考えられます。
水道管とトラクターは、本当に別の事業なのか
さらに事業は日本を越え、世界各地の農業へ広がっていきました。こうして製品名だけを並べると、クボタは130年以上の間に何度もまったく別の会社へ姿を変えてきたようにも見えます。
しかし社会側から眺めると、違った景色が見えてきます。水系伝染病が問題だった時代には、安全な水を届ける水道管をつくる。戦後に食料が不足すれば、食料増産を支える農業機械をつくる。農村から働き手が減れば、人の代わりに重労働を担うトラクターやコンバインをつくる。そして農業の舞台が世界へ広がれば、それぞれの土地へ入り、現地に合う機械へ作り直す。製品は変わっても、社会の困りごとを見つけ、技術で支えるという行動は何度も繰り返されています。
だから私は、水道管とトラクターを完全に別の事業とは思わなくなりました。水道管は「水」を、農業機械は「食」を支える製品です。しかし、その先にいるのはどちらも人です。人が生きるために必要なものを、社会の変化に合わせてつくり続けてきた。現在の「For Earth, For Life」が創業者の思想とつながって見える理由も、こうして歴史を追うとよりはっきりしてきます。
クボタが創業130周年に制作した公式CM「130年、これからも」篇も、明治の水道管、大正のエンジン、昭和の農業機械、環境分野へと、各時代の社会課題に応えてきた製品を一つの歴史として描いています。会社自身も、自社の歴史を「製品の変遷」ではなく、時代ごとの壁へ向かってきた歩みとして表現しています。





水道管から農業機械へ。つくるものは大きく変わってきましたが、その時代に困っている人を見つけ、技術で応えようとする姿勢は変わっていません。クボタの歴史を知ると、「For Earth, For Life」が単なる言葉ではなく、長い挑戦の積み重ねから生まれたものだと感じます。
クボタは何の会社?|農機だけでは見えない「食料・水・環境」の現在地
実際、それは間違いではありません。クボタはトラクターや田植機、コンバインを世界各地へ展開する世界有数の農業機械メーカーであり、2025年末時点でトラクターの累計生産台数は610万台を超えています。
ただし、現在のクボタを農業機械だけで捉えると、売上の構造も、130年以上培ってきた技術の広がりも見えにくくなります。農業機械を動かすエンジン、都市や建設現場で使われる建設機械、上下水道を支える水道管や水処理設備、さらに精密機器、素形材、資源循環まで事業は広がっています。クボタ自身はこれらを「食料・水・環境」という3つの領域で整理し、多彩な製品・技術・サービスを組み合わせて人々の暮らしを支える会社と位置付けています。
さらに数字を見ると、もう一つ大きな特徴があります。2025年12月期の売上高は3兆189億円、そのうち海外売上は約79%。現在では製品が世界150カ国以上で使われています。つまりクボタは、「日本の田んぼを支える農機メーカー」から、世界の農業・水・社会インフラを支えるグローバル企業へ大きく姿を変えているのです。
クボタの事業を大きく分けるとどうなる?
一方、投資家向けの売上区分では「機械」「水・環境」「その他」に分かれ、機械事業の中をさらに「農機・エンジン」と「建設機械」に分けています。
この2つを混同すると少し分かりにくいので、現在のクボタを理解するなら次のように見ると整理しやすいです。
| 主な事業 | 代表的な製品・サービス | 支えているもの |
|---|---|---|
| 農業機械・農業ソリューション | トラクター、田植機、コンバイン、KSAS、自動運転農機 | 食料生産 |
| エンジン | 産業用エンジン | 農機・建機・産業機械 |
| 建設機械 | ミニバックホー、CTLなど | 都市・社会インフラ |
| 水・環境 | 水道管、水処理、ポンプ、バルブ、KSIS | 上下水道・水循環 |
| その他の環境・産業領域 | 資源循環、精密機器、素形材など | 産業・環境基盤 |
こうして並べると、確かに事業は幅広いです。しかし、それぞれが完全に独立しているわけではありません。農業機械には自社のエンジンが使われ、建設機械も社会インフラ整備に関わります。水事業では管や設備だけでなく、維持管理やデータ活用まで広がっています。複数の事業を持っているというより、人が暮らすために必要な基盤を、違う技術から支えている会社と見る方が、現在のクボタには近いと思います。
農業機械・エンジン|クボタの売上を支える最大の事業
農業機械ではトラクター、田植機、コンバインだけでなく、トラクターに取り付ける作業機、野菜・果樹向け機械、営農支援システムまで扱っています。クボタ自身も、単なる農機メーカーではなく、農作物の生産から加工・消費までを支える「農業のトータルソリューションカンパニー」を目指す姿を示しています。
特に現在は、農機そのものだけでなく、KSASで収集した営農データや自動運転技術を組み合わせる方向へ進んでいます。農家が「機械を買う」だけではなく、どの圃場で、いつ、どんな作業を行い、どれだけ収穫できたのかまでデータで管理する。農機というハードを持つクボタが、農業経営そのものへ関わろうとしている点は、これからの事業を見るうえで重要です。
そして農機の陰で見落としやすいのがエンジンです。クボタは2025年末時点で産業用エンジンを約3,800種類展開しており、自社の農機・建機だけでなく、他社の産業機械にも供給しています。農業機械の会社という印象が強い一方で、世界のさまざまな機械を動かす「中身」までつくっている会社でもあります。
公式YouTube|農業経営を支えるクボタの営農ソリューション
現在の農業事業が、単に新しいトラクターを販売するだけではないことが分かりやすいのが、2026年の公式動画です。乾田直播、アグリロボ田植機、農業用ドローン、KSASなどが紹介されており、農機+データ+作業方法まで含めて農業経営を支えようとしている姿を確認できます。
建設機械|実は世界で強い「もう一つのクボタ」
道路、水道、住宅、都市開発などで使われるミニバックホーをはじめ、北米ではコンパクトトラックローダやスキッドステアローダなども展開しています。2025年の公式資料によると、ミニバックホーは24年連続で販売台数世界1位とされています。
建設機械でも農機と同じく、クボタは「現地でどう使われているか」を重視してきました。例えば中国向けの7トンクラスのバックホーでは、現地の長時間稼働や農村インフラ整備の実態を開発者自身が確認し、使われ方に合わせた製品を開発しています。また北米では、農業機械と建設機械の両方を持つ特徴を生かし、農場でも建設現場でも活用できるコンパクトな機械を広げてきました。
農業機械と建設機械は違う市場ですが、「狭い場所でも使える」「現地の作業へ合わせる」「長く使い続けてもらう」というクボタの考え方には共通点があります。水道管から始まった会社が都市や産業の基盤まで支えるようになったことを考えると、建機もクボタの「環境」領域を構成する重要な事業です。
水・環境|祖業は「製品」から「水循環全体」へ広がった
公式サイトでは、自社を「世界トップクラスの水関連総合メーカー」と位置付け、製品供給だけでなく設計・調達・施工・メンテナンスまで一貫して提供すると説明しています。
さらに現在は、設備を納入して終わる事業でもありません。水環境IoTプラットフォーム「KSIS」を使い、設備や水質、工事、振動などの情報をモニタリングし、そのデータをAIで解析して修繕や更新へつなげています。135年以上前に「水道管をつくる」ことから始まった事業が、今では水インフラが正常に動き続けるところまで支える事業へ変化しているわけです。
国内の高度浄水処理施設では、活性炭処理水量ベースでクボタの処理装置採用率が約80%と公式サイトに掲載されています。またダクタイル鉄管は70カ国以上への納入実績があります。農機ほど消費者の目に触れる事業ではありませんが、日常生活の見えない場所にクボタの技術が入っていることも、この会社の特徴です。
クボタを調べて「水処理ってそもそもどんな産業なんだろう?」と気になった方には、『図解即戦力 水処理のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』がかなり分かりやすいです。水処理の仕組みだけでなく、水ビジネスやAI活用まで一冊で整理できます。
クボタは何で稼いでいる?|売上から見える会社の実像
しかし投資家として企業を見るなら、実際にどの事業が売上をつくっているのかを確認する必要があります。
2025年12月期の連結売上高は3兆189億円。事業別では機械が2兆6,286億円、水・環境が3,744億円、その他が159億円でした。機械の中では農機・エンジンが2兆33億円、建設機械が6,253億円です。
| 2025年12月期 | 売上高 | 全社売上に占める割合※ |
|---|---|---|
| 農機・エンジン | 2兆33億円 | 約66.4% |
| 建設機械 | 6,253億円 | 約20.7% |
| 機械 合計 | 2兆6,286億円 | 約87.1% |
| 水・環境 | 3,744億円 | 約12.4% |
| その他 | 159億円 | 約0.5% |
| 全社 | 3兆189億円 | 100% |
※構成比はクボタ公表値から計算。
この数字を見ると、現在のクボタの収益構造はかなりはっきりしています。売上の約87%は機械事業であり、その中でも農機・エンジンが最大です。「食料・水・環境の会社」という理念を持ちながらも、現在の事業規模で見れば機械メーカーとしての色が圧倒的に強い会社です。
一方で、水・環境は売上の約12%だから重要ではない、という話でもありません。水はクボタの祖業であり、農機とは違う公共インフラ需要を持ち、長期ビジョンではスマートウォーターや資源循環へ広げる領域でもあります。現在の稼ぎ頭と、将来の事業を考えるための土台は必ずしも同じではない。クボタを見るときには、この違いを分けて考えた方が実像に近づけます。
海外売上約79%|「日本の農機メーカー」ではない
2025年12月期の売上高3兆189億円のうち、日本は6,324億円。それ以外の地域が約79%を占めています。約22年前には海外売上比率が3割程度だったため、この20年ほどで事業の重心が大きく海外へ移りました。
地域別の売上を見ると、その姿がさらに分かりやすくなります。
| 地域 | 2025年売上高 | 全社売上比※ |
|---|---|---|
| 北米 | 1兆2,725億円 | 約42% |
| アジア(日本除く) | 6,805億円 | 約23% |
| 日本 | 6,324億円 | 約21% |
| 欧州 | 3,340億円 | 約11% |
| その他 | 967億円 | 約3% |
※構成比はクボタ公表値から計算。
つまり、現在のクボタで最大の市場は日本ではなく北米です。北米だけで全社売上の4割以上を占めています。日本の水田で培った会社という歴史を持ちながら、現在の業績は北米の農機・建機市場の動向から大きな影響を受ける会社になっています。
その一方、アジアでは日本と似た稲作の知見が生きています。公式会社概要では、タイのトラクターシェア、ASEAN8カ国のクローラ型コンバインシェアでNo.1とされています。欧州では農業機械に加えて建設機械やエンジンも展開しており、世界各地で求められる製品は同じではありません。
「日本でつくった製品を海外へ売る会社」というより、地域ごとに違う農業・建設・インフラの現場へ入り、その土地に合わせて事業をつくっている会社。歴史の中で繰り返してきた現場主義が、現在の売上構造にも表れているように感じます。
最大市場は北米|売上の4割を超えるまでになった
コンパクトトラクター、芝刈機、ユーティリティビークル、建設機械など、農場から住宅・建設現場まで幅広く展開しています。建設機械ではCTLなども北米の成長を支える製品になっています。
売上規模が大きいということは、北米が伸びればクボタ全体への効果も大きい一方で、農機需要、住宅・建設需要、金利、為替、関税などの影響も受けやすくなります。「海外売上が多い=成長企業」と単純に見るのではなく、どの地域へどれだけ依存しているのかまで見ることが、現在のクボタを理解するうえでは重要です。
製品を売って終わりではない|クボタのライフサイクルサポート
何年も使われ、その間には消耗品の交換、定期点検、故障修理、部品交換などが必要になります。農繁期にトラクターやコンバインが止まれば作業そのものが進まなくなるため、「良い機械をつくること」と同じくらい、「必要なときに動き続けること」も価値になります。
クボタは2026年に発表した中期経営計画2030で、こうした販売後の領域を「ライフサイクルサポート事業」として成長けん引事業の一つに位置付けました。製品のライフサイクルを通じて顧客との関係を深め、予知保全や遠隔診断、メンテナンス契約、延長保証、補修部品などによって顧客価値を高める方針を示しています。
ここは私がクボタの事業を考えるうえで、かなり重要だと思っています。農機を販売した年だけ売上が発生するのではなく、製品が働き続ける限り、部品・整備・サービスという顧客接点が続くからです。
部品・整備・データが、顧客との関係を長くする
テレマティクスを使った予知保全や遠隔診断によって機械が止まる時間を減らし、メンテナンス契約や延長保証で顧客のライフサイクルコストを抑える。さらに補修部品の品ぞろえや物流、オンライン販売まで強化する方針を掲げています。
これは単に「修理でも儲ける」という話ではありません。農業機械や建設機械では、故障したときにすぐ直せるか、必要な部品が届くかという体験そのものが、次に同じメーカーを選ぶ理由になります。クボタ自身も、ライフサイクルサポートを顧客ロイヤリティ、選ばれる力、競争優位の源泉として位置付けています。
歴史の中で、農家の現場へ入りながら製品を改良してきたクボタが、今度はデータまで使って「使われている間」を支えようとしている。製品だけを見ると昔とは大きく変わっていますが、顧客の現場へ長く関わるという点では、クボタらしい進化に見えます。
「モノを売る会社」から「使い続けてもらう会社」へ
農業機械・エンジンが最大で、建設機械が続き、水・環境が約12%を占める。そして売上の約79%は海外です。トラクターのイメージだけを持っていた私にとって、この事業構造は想像以上にグローバルで、農業以外の領域も大きな会社でした。
ただし、クボタが変えようとしているのは売る製品の種類だけではありません。農機なら営農管理、水なら監視・維持管理、機械なら部品・整備・遠隔診断へと、製品を販売した後まで顧客との関係を広げています。ハードウェアを持っていることを入口に、そこからサービスやデータを積み重ねることで、一度売って終わるメーカーから「使い続けてもらう会社」へ変わろうとしているわけです。
そして、この事業構造を理解するとクボタの強みを考える問いも変わってきます。トラクターの性能が高いから強いのか。水道管の技術が優れているから強いのか。それとも、世界各地の現場へ入り、製品をつくり、販売し、整備し、データを集めながら長く顧客を支え続けられることこそが強いのか。クボタの本当の競争力は、製品単体ではなく、その周囲まで含めた仕組みの中にあるのかもしれません。





数字を見ると、現在のクボタは農機を中心とした巨大な機械メーカーです。でも、その機械を売って終わるのではなく、部品や整備、データまで含めて長く支えようとしています。製品の強さだけでなく、「使われ続ける仕組み」まで見ると、クボタという会社の見え方がまた変わってきます。










































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